期待をコミットメントにしてゆくTIPS (Transformational coaching)11月第4週号

#39
「人の振り見て我が振り直せ」
Extrinsic MotivationIntrinsic Motivationにしていくために、その間にIntrovertのプロセスがあります。 

Expectation Commitmentの違いは、人任せにして自分の人生を生きるのか、それとも自分で決めて覚悟して生きるのか、という大きな違いです。

自分の中にある能力を自分で開発して出すのか、人に開発してもらって出だすのかということとは全く違うものです。

人の言うとおりに人生をおくるわけにはいきません。

これぞという時の相談相手は別として、親に面倒を見てもらっている子供も親が死んでしまったら自分で全てをしなければなりません。その時までに自分が独り立ちできるようになっていなければ大変です。

そのようなことに対しては、予め準備できるのであれば、しっかりと訓練や学習、経験しておけばよいのです。しかし実際はComfort ゾーンにどっぷりと浸かり、危機への対処の準備どころか、考えることさえないのです。

それは今までわからないことがあると、教師、友人、両親、姉妹兄弟が助けてくれたからです。少なくともあなたが一番上になるまでは。

全く同じことがビジネスにおいても言えます。 日本のビジネスにおける発達段階的教育方針モデルは年齢順に、あるいは職位順に教えられていました。

学校を卒業して、一人前になるまで誰かがずっと教えてくれてきたのです。家庭に始まり学校に入り、学校を卒業して会社に入ってさえもずっと周囲から教えられてきたのです。 

江戸から明治にかけての人々は欧米にビジネスモデルを勉強しに行き、日本に帰ってからは日本の経済、政治に照らし合わせて自分で考えてそれを発達させていったのです。
それは商業から始まって、工業、そして運搬「ロジスティック」、ついには金融・保険業にまで発展させたのです。

全ては答えのないところからはじめていったのです。

これらの人たちが日本の経済を発達させ、欧米に負けない経済圏を作り上げていったのです。
続いて、明治・大正にかけて多くの日本人が欧米の大学に学びに行ったのです。
ほんの100年前のことです。

それまでの日本人は、寺小屋で読み・書き・そろばんを習い、遊びも羽根つき、かるた、縄跳び、竹馬などで負けると顔に墨を塗られたり、しっぺをしたりされていた無邪気な時代でした。
日清戦争が勃発する1894年までは。

しかし、一部の人たちにとってその頃の日本は思考のるつぼでした。
それは答えを持っていなかったので、一生懸命自分で考えたのです。
ここで欧米に負けたら日本は無くなるという危機感からです。

日本人が近代化のための勉強を始めてからまだ余り時間がたっていません。しかし既に「ものつくり」というお家芸を発展途上国に譲り、ソフト開発ではアメリカ、スカンジナビア、ドイツに完全に後れをとり、今ではおもてなしの国になってしまいました。

自分で物事を考えて、ゼロから考えるという思考法を学んでいなかったために、先を越されてしまったのです。

毎日おいしいご飯と清潔な着るものがあり、夏でも冬でも自分の一番良い温度設定で生活していると危機感が全くなくなってしまうのです。

ベンチャービジネスを考えスタートさせる人は、いつも頭の中でいろいろな発明、発見、改良等を考えています。それだけではなく経営を知らなくてもそれに挑戦しなければならないのです。
今では自分で考える事があまりなくなりました。もちろん選択に関しては毎日何万の選択を考えていますが、それはいくつかの答えの中からの選択です。

答えを教えて貰った/もらえる時代に皆さんは育ったわけです。

今どんなことを考えていますか。
自分が今やっていることで一生やっていけることを挙げてみてください。

もし自分しか頼る人がいなかったらどうしたいですか。
国が助けてくれるのですか。国が破産しているところはどんどん増えてきています。

ビジネスモデルの崩壊により、安全と言われていた大手企業さえも買収されたり、破産したり、それは金融機関でも同じです。

昔何十社もあった自動車会社、地方銀行さえも今では数えるほどになっています。
スーパーのダイエー、三和銀行、三越、ソニー、三洋、JALでさえも皆どんどん変わっているのです。

ここまで書いたら皆さんが今から何をしなければならないかがわかってきたのではないかと思います。

もう安心・安泰と言う標語を追いかけるのをやめてください。


自分で立ち上がるにはどうしたら良いでしょう?

杉井要一郎

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