【特別寄稿】アベノミクスは委縮した日本人を元気にできるか?(金融経済アナリスト:田口美一氏)

#130 田口美一

1.日銀の使命は劇的に変化した!


 2012年12月の衆議院選挙で民主党から政権を奪取した自民党は安倍さんを担いでアベノミクスをスタートさせました。あれから、3年経ちます。アベノミクスの目玉は、「デフレ脱却」です。日銀の総裁に黒田さんが座り、「不退転の決意」で想像を絶する金融緩和政策が始まりました。
日銀が設立された理由と使命は極めて明快でした。1877年に西郷隆盛が起こした西南戦争を収めるために政府が多大な戦費を調達したため日本中にインフレが起こり、これを退治するために1882年に設立されたのが日銀です。設立後100年以上に亘り、太平洋戦争終了後の焼け跡での狂乱的なインフレやトイレットペーパーで大騒ぎになった石油ショックのインフレなどなど、まさに「ストップ・ザ・インフレ」が日銀の使命であり、長い間「物価の番人」としてインフレという火事を退治するという一貫した使命を金科玉条した孤高の存在であり、常に冷静な「鎮守の森」のアンタチャブルナな存在であった訳です。 
ところが、アベノミクスのエースとして送り込まれた、黒田さんは、2013年4月日銀総裁就任直後から「異次元緩和のバズーカ砲」、「戦力の逐次投入はしない」、「あらゆる手段を講ずる」とか、まさに過去100年の歴史を完全に塗り替えるような、「デフレ退治」のみならず、「2%のインフレを起こす」という「新しい使命」に3年間取り組みました。そして、2016年1月末に遂に「マイナス金利」という世にも恐ろしい荒業とも思える金融政策を打ち出しました。新聞、専門家の間では、この政策を「劇薬」「麻薬」等々なんとも怪しげな言葉で表現しているのが、今の状況です。つまり、「過去3年でデフレ退治はできなかった」現状を見て、さらに強烈かつ過去に使ったことのない「超スーパー・カンフル剤」を使用し始めたということです。

2.デフレ退治の処方箋(「想像を超える金融緩和」)


2013年4月から凄い勢いで日銀が国債を購入しています。どれくらいかというと現在では毎年80兆円のペースで購入しています。日本政府の一般会計予算の規模は約100兆円でその半分を税収、残りは国債でファイナンスしています。こんな悲惨な状態ですから、日本政府の借金である国債残高は世界でワースト・ワンの1000兆円を超えています。そして日銀は、その「借金=国債」をガンガン購入しており、既に三分の一以上の300兆円の国債を購入しました。そして今後もこの国債をガンガン購入するとのことです。
日銀は、銀行が保有する国債を買い上げているのですが、そもそも融資先が見当たらないので国債を購入していた銀行ですから、せっかく購入した国債を日銀に買い上げられてしまえば、運用先(融資先)はありません。もちろんどこに貸してもいいならともかく、企業や個人の信用状態をチェックしなければ融資が焦げ付きますから、すぐには融資先を見つけることできません。しょうがないので、日銀に預けているのが実情です。これが、日銀にある当座預金勘定というもので現在250兆円にも積みあがっています。この預金には、+0.1%の利子が付いていたので年間2500億円の利子収入が民間銀行(メガバンクや地銀など)の利益となっていました(支払いは日銀です)。この利子をマイナスにするというのが、「今回のマイナス金利」政策です。ですので、銀行は慌てて国債を購入に走りましたので、10年国債金利は、0.05%まで下がりました。もうほとんどゼロです。実際に8年の国債金利までマイナスの金利になっているのです。なんか理解に苦しみますね。

3.節約と預金がサバイバルの処方箋か?


いずれにしても、アベノミクスが始まって3年間でデフレ退治はできませんでしたが、日銀が、国債を買いまくって金融を噴かしてくれたおかげで、株価は2倍以上になり為替も80円くらいから120円を超える円安になりました。ところがそれによって効果がいろいろなところへ波及したかと言うとそうではありません。しかも日本の家計の中では2.4%しか外貨投資をしていないので、全く享受できていないのです。結局、あんなことをやっても先々見込みはないと、日本の人々はこれまでの20年間ですっかり賢くなってしまったので、当然防衛のみなのです。少しくらいボーナスが出ても、消費などせずに貯金に回すのです。個人としてはそれで正しいと思います。20年間これほど嫌な思いをし、父親はゴルフ会員権で失敗し、株でも失敗し、何をやっても全てダメだったわけです。有効なのは貯金、節約だけだったのです。そういう教育を受けている人たちが今、30代、40代になり、子育て世代となっているわけです。やっていることは同じように、節約、現金預金そればかりです。個人としてそれをするのは正しいと思います。しかし、マクロでそれをやってしまったら、経済政策の効果が全く出ない間に打つ手もなくなってしまうのです。
実は、個人のみならず、日本では企業も現預金を「内部留保」というかたちで貯めこんでおり、人件費の引上げとか設備投資を積極的に行うということは抑制しているのです。
米国では、こういう現象(資産価格の上昇、つまり株高とか不動産価格の高騰など)を資産インフレ・資産バブルと称して、「金持ち(資産家)の懐が豊かになり➡高額商品の売れ行きが良くなり➡個人消費が好調になる」という好循環が生まれて景気が良くなるのですが、日本では、家計も企業も「節約と現預金に貯めこんでいる」ので「お金」は世の中にグルグル回らないのです。だから、全く景気は上向かないのです。
(図1)

4.ガラパゴス化進む日本?


 この3年間で日本の家計の金融資産は(図1)、150兆円ぐらい増えました。その内訳は株とか投資信託で100兆円ぐらい増加、現預金が50兆円増加しました。新聞では、「日本の家計金融資産は1700兆円を超え米国に次ぎ世界NO2」とはやし立ててアベノミクスが成功しているように報道されますが、見方を変えると違う側面が見えてきます。
 為替が円安になったので、海外出張や旅行に行くと「円の価値」が下がったことが実感できます。私は、海外に行くとユニクロ・ショップに行き値段を見るのですが、ドイツでも中国でも日本より圧倒的に値段が高いのがわかります(昔は、よくハンバーガーでチェックできましたが)。
 これは、先ほどの家計の金融資産をドルベースに変えればすぐわかります(図2)。
3年間でドルベースでは、2割も価値が減少しているのです。大きな原因の一つは外貨保有が少ないことです。これまで、円高でイジメられたので家計も企業も外貨はうんざりかも知れませんが、家計全体で外貨を2.4%しか持っていないとは、流石に少なすぎませんか?ここにも、ガラパゴス化現象が見て取れるようにしか思えません。
(図2)



図2


5.世界の常識に慣れる!


私は、社会人の方々にオープンカレッジの場や企業向けのセミナーでこの手の話を良くします。必ず反論が出てきます。「株や外貨預金で失敗した両親からリスクは取るなと諭されている」(40代の女性)、「会社でも家計でもリスクを取って成功した話は聞いたことがない」(50代の男性)、さらには「結局コツコツ貯金が一番だと父から聞かされた」(20台男性)などなど。なる程失われた20年を経験するとリスク耐性は至る所で消滅するものだと感じました。

一方で、冷静に日本の状況を考えてみると、グローバルなポジショニングが急激に下がってきている惨状に気付きます。その現実は受け止めましょう。例えばGDPです。しばらく前には中国に抜かれると騒いでいましたが、すでに大きな差がついています。中国の統計が信じられないというのは構いませんが、それよりも実際どこまで抜かれているのか、現実を見るべきです。一人当たりのGDPも日本の世界ランクは20位以下に下がってきていて、厳しい状況です。私が社会人になった1980年ごろ頃は、先輩から「日本は政治こそ二流、三流かもしれないが、経済一流というのが日本人の誇りだ」と聞かされましたが、今それを云うのは難しくなってきているのではないでしょうか。もちろん規模だけで全ては語れませんが、規模も重要なのです。

資産運用でも英国や米国その他の欧州各国でも海外分散投資などはいわば常識な訳です。
グローバルな企業だけでなく、IoTの世界でも言語としての「英語」が常識なように。
 おそらく、アベノミク第二弾でも劇的に日本の状況が改善するとは思えません。むしろ、劇薬・麻薬を飲み始めた訳ですから、相当強い副作用を気にしなければいけないかもしれません。誰もが世界の常識を早く身に付け乱気流に巻き込まれても脱出できる能力を身に付けることがサバイバルの条件ではないでしょうか。
 一度、自分の財産をドルベースで計算してみることをお薦めします。世界の景色が違って見えるでしょう。

杉井要一郎 / 2016年2月 特別寄稿© All rights Reserved by Gledis Inc.

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