【特別寄稿】今必要な意思決定時のリスク対応と解決型人材育成(エグゼクティブコーチ:永井 郁敏)

#116 特別寄稿

意思決定のリスクを考える


リスクは大別する軸にもよるが、自然災害によるものと、ヒトが原因で起こすものに分けられる。
しかし地震や落雷、巨大台風あるいは竜巻といった自然災害への対応、この対応もヒトが考え判断し何らかの決断(対応)を下している。つまりリスクの大多数はヒトが何らかの形で関与することで起きている。そのヒトの集合体である企業や組織は、言って見ればリスクの塊だとも言えるだろう。
今回は多くのリスクの中からヒトが及ぼす思考のリスク、つまり意思決定にフォーカスしたリスクを考えてみたい。1990年、新入社員に対して「25歳定年!貴方は生き残れるビジネスマンか?」と題し、社内外で講演した覚えがあるが、まさしく2016年の現在、ヒトの集合体である組織・企業は問題が山積し、リスクだらけの状態だ。どうしてかくもこれほどリスクばかりなのか?との問いに、一言で答えられる正解は無いが、「問題処理・絶対解・先送り」といったキーワードが頭をよぎる。

画一社会が生み出したリスク


人の能力格差は「1を聞いて10を知る」ヒトと、「10聞いても1しか分からない」ヒトとの格差は100倍ある。まして現在はIT時代、知識を知恵に変換できるか否かといったパラメータを加えれば、更にその差は大きくなることだろう。教育制度の問題だと言えばそれまでだが、試験の採点をしやすくするためマークシート式の回答は例外を認めない回答になり、10人10答ならぬ万人1答の時代を作ってきたことは事実である。その結果、本来の問題を正しく把握することなく、問題を早く処理すくことに注力がおかれ、また早く処理するヒトを目標にベンチマークがおかれて来た。
学校では1つの問題に答えは1つの「絶対解」が求められ、これらの訓練が日々行われてきた。しかし卒業し就職する社会、つまりビジネスの世界に単純な問題などない。業種業界の問題も単一業種に閉じることなく、関連する様々な業界や組織が関与する複雑な問題ばかりだ。
この複雑系課題の集合体が組織であり企業であるため、一件かっこよく見えるステレオタイプ的な因果律による対応はほとんど役に立たない。万有引力の発見者ニュートンの名をとってニュートン力学的対応とも言われるこれらの問題対応は、「絶対解」を求めるべく存在している。このため、複雑化した組織や社会への対応にそぐわないばかりか、逆に単一課題として処理することで新たなリスクを生むことに繋がっている。

21世紀のいま、数学の世界ならばいざ知らず、絶対解で固まった頭でビジネス社会の複雑な問題に対応することはもはや不可能だ。ビジネスに求められる思考は、取引条件や納期調整などといった予算枠の中でのベストな解決策、つまり「最適解」で考えるしかない。様々な制約条件の中で、如何に現時点で相手の期待に最適にそえるかを考える「暫定解」を導くことができるかにかかっている。多様な制約の中で、如何に市場や組織の期待にそえる最適解(暫定解)を導けるか?、今のビジネス社会を生き抜く知恵として、状況の最適性を認識し駆使できるビジネス能力が、新たな問題解決力として求められている。
しかしこの問題解決力による最適解にしても、リスクがあることを忘れてはならない。その時々に暫定的な最適故に、年月が経ち状況が変われば再考する必要がある。でも暫定解であることを忘れてしまうためか、やはり「絶対解」という認識だったのか、状況に合わせた対応に至る組織は依然少ない。その決定当時は最も求められたコンテンツでありコンセプトであっても、顧客の嗜好が変われば、いうまでもなく考え直さなければならない。

処理型と解決型


「処理型」は一見頭脳明晰、人間コンピュータのごとく鮮やかに、問題を解決しているように見えるヒト達だ。ここまで言及したように、課題の議論が少なかったり行われることなく、解決者の過去の経験や自己の認識を優先した判断を行い因果関係を共有する対応を行う。つまりこれはこう、あれはこう、それはそうして…と端から見ても、その対応は一見鮮やかに見て取れる。がしかし、鮮やかである反面、問題における課題形成が不十分であるため、二次的三次的に新たな問題が発生してくるのだ。
一方「解決型」は、市場が変わっても顧客が変わろうとも、組織自体が変わろうとも必要とされる個人そして組織に求められる力だ。この解決型人材は、常に過去の成功体験をゼロベースで見直し、現時点での課題から問題形成(本質を多様な視点から探る)を行い、解決された状態を明確にイメージすると共に、プロセスを共有する普遍的な思考&行動プロセスを有するヒト達だ。

解決型の特徴


この解決型は、過去の成功や失敗の経験を認識するものの、常にゼロベースで今の問題に対峙し、問題の全体像を把握することに努める。つまり「森を見て木を診る」或いは「着眼大局着手小局」的な、問題そのものに対する視点移動が可能で、問題をシステミックに(全体感をもって)捉えることができる。問題の置かれた状況、問題の関係者・ステークホルダーの関係、そして対応策における制約事項やリスクに対し、予めどの様な対応策があるかを検討し、メンバーと共有し更に補完ができる。
つまり、問題は見る人や立場によって捉え方が違うことを前提に、自己の思考特性や癖(思考リスク)を踏まえ、問題を問題として捉える。単眼的に物事を見て判断するのではなく、複眼的に物事を捉え、一人で考えるだけではなく他人の見方をも取り入れた上で、問題を正しく形成することができるスキルと言える。
解決型のチームでは問題事象に対してその本質を十分に理解した上で解決策を検討するため、解決の方針に対するメンバー間のズレは少なく、スムースに解決方針の合意に至ることができる。
一方、処理型チームの場合は、問題は1つでも解決者の数だけ(視点の数だけ)解決策が発生する。何故なら個々人の問題に対する捉え方が異なり、個々人の問題のまま解決策が議論されるため、解決策は個々人バラバラのままで合意形成には至らない。ここでは唯一声の大きなヒトや上司の一言が、バラバラな状態から1人が選択した決定方針に移されるが、その結果が良いも悪いもまさしく運次第なのである。

処理型に発生するリスクと解決型のリスク


「処理型」の対応は、問題を正しく認識できなかったりその場の処理で終わらせてしまうため、問題の本質は「先送り」されることになる。その結果、後々問題が肥大化して漸く気づくことになるが、その時点で発生した「問題処理」は行えても本質的な問題解決に至らない。このため、得るべき利益を損失したり顧客を失い、損害を拡大させていくことになる。
処理型は思い込みや決めつけによる自分の考え方から抜け出せないままだったり、良い悪い等の自己基準で取捨選択して意思決定を行う。また物事の関係を考えるのではなく、思いつきによる当て込みが多いため、手戻りや、やり直しが多数発生する。

では「解決型」にはリスクはないのだろうか?
問題の全体を捉えようとしても、その全容把握は中々できるものではない。したがって「リスク-X」というリスクの存在はどの様な場合でも必ず存在する。ただそのリスクの存在を認められるかが問題だ。また、解決型は様々に思考を巡らし、関係者と議論したりするため、処理型に比べ判断に時間を要することは避けられない。でも考えてみてほしい、新たな問題を引き起こす処理型に比べれば検討要素に漏れが少ない分、手戻りも発生するリスクも少なくなるというものだ。時は金なり!利益を先送りする組織に先はありません。
システム開発のプロジェクトで考えてみよう。システム開発時の各開発段階での差は歴然で、解決型では其々のフェーズで100%に近いアウロプットを提供できる。しかし処理型では其々のフェーズの完成度はことの外低い。このため納期が近づくとやおら徹夜をして作業にあたるものの、検討段階での完成度が低いため、仕様項目の漏れや項目内の完成度が低く完成に至らないばかりか、各フェーズのアウトプットもままならない状況が殆どだ。

今求められるトップダウン思考


よく「何故を5回以上繰り返せ!」といった指示を耳にする。確かに問題の本質にアプローチするために一見良さそうであるが、この何故何故型のアプローチには大きな落とし穴が存在する。つまり完全な問題形成を行うことが難しいのだ。何故の回答が処理的にならざるをえず、ステレオタイプに捉えるため、あるレベル(選択枝ノード)で選択された対応以外は議論されることがない。選択された時点で他は切り捨てられるため、切り捨てられた部分に問題の本質と関連する事項があっても見捨てられることになる。
これは全体観をもって問題形成する解決型に発生することはまずない。選択されない部分に先の「リスク-X」が潜んでいればどうなるか? サブマリンリスクではないが、時系列にリスクの本質が顔を出すことになる。

この何故何故型の選択方式ではなく、全体の状況をシステミックに俯瞰し、個々のノード単位に100%の課題を洗い出す思考方法を「トップダウン思考」と位置付けている。間違っても組織のトップがトップダウンで展開する方針ではない(あるべきトップは、ある程度発生するであろうノード課題を見越した上で、意思表示を行うことが求められるが...)。問題の上流から下流に至る関係を総合的に検証し、問題の本質を理解・把握した対応が求められる。
貴方は既に何故何故型自問自答方式のリスクに気づきましたか?

解決型の7つのコンセプト


解決型が有する問題解決のための7つのコンセプトを紹介しよう。

  1. 全体観:課題解決者の全体感の大きさが解決へのアプローチと最適性を決定する(加えて想像力と類推力も必要)
  2. 自覚と認識:今後の知識や意欲の高さが最適性の追求レベルを決定する(解決者の主体性や価値観・信念といった生き方が反映される)
  3. ゼロクリア:自らを常にゼロベース(ゼロクリア)し、ニュートラルで謙虚な状態を保つ(先入観や思い込み・決めつけをなくすことが重要)
  4. トップダウン思考:全体から部分への展開が本質的な問題解決へのアプローチ(的確にトップを見出し、等価にダウンする把握力・解決力が必須)
  5. コミュニケーション:問題意識の広さが解決の最適性を左右する(他人と自分の違いを認識し、問題意識の交流が必須に)
  6. 図式化:図式化することにより検討要素の欠落を防止し、思考の共有から展開に機能する(情報の整理や相互理解に極めて有効)
  7. 暫定化:物事を早々に確定決定せず、常に状況を考慮した暫定解としてみなす(漏れを防ぎ不完全さに対応するために不可欠)


トップはもはや詳細な指示はしない


グローバルマーケット、地球レベルネットワーク、ディープラーニング…世界はものすごいテンポで進歩している。現在世界に発生している様々なコンフリクトは、ことを正せば考え方や文化や言語の違いから発生しているとも言える。島国日本のビジネスマンでさえ、育った環境や教育を受けた環境が異なるばかりか、親兄弟でさえも見方や感じ方考え方は異なる。この異なりの違いを認識するために、先ずは相手と自分とは違う考え方や思考を有することを前提としたコミュニケーションが求められる。違いを認識しその違いを踏まえ7つのコンセプトを基に検討すれば、何か全く違ったものが見えてくる。
どのような状況に際しても強烈な問題意識を持って自己の役割を創造追求する。与えられるものは僅かに状況の変化と目的のみだ。

求められる組織へのコーチング


現代のグローバル経済、ボーダレス社会、ダイバーシティの中、一人ひとり、そしてチーム、そのチームが集まる組織に求められるコトは正しくコミュニケーションをすることです。
また、トップになればなるほどその思考範囲は拡大し、意思決定のレベルも高度な内容が求められる。しかしながら、その時自身の思考の補完を自分自身でできる人はいないと言っても過言ではありません。チームや組織になれば補完が一見可能ですが、何故何故型による思考のリスクは避けられません。

このための思考の補完、そして思考の整理支援を行うのがビジネスコーチです。
単に質問ばかりすれば良いというものではありません。クライアントやチームに何が今足りないのだろうか?どんなところに拘って進めないのか?そこにどの様な意味や意識が存在しているのか?を見極め、その状況に最適な問いかけから気づきを起こさせる必要が有る。
化学反応を引き出す「触媒」。そして見えないものを見える様にし、新たな目的と目標を見定めるための様々な支援を行う「変容を起こさせるコーチ」が、名前はなんであれ今組織やビジネスで火急に求められています。
組織の中には様々な「ジンザイ」がいる。人財→人材→人在→人罪。貴方はどんなジンザイですか?私?私はさしずめ「人剤」でしょうか。

さて、貴方はいつから解決型になりますか?

問題を自ら完全にそして最適に解決し、途中過程で(中途半端に)他人に引き渡さない。そして自分の状況を謙虚に率直に分析する「解決型人材育成」に待ったはありません。「人材育成」を怠れば即「人災育成」につながります。財も災をももたらすのが人であり、リスクの殆どはこのヒトがもたらす事を是非再認識してください。

永井 郁敏 (Ikutoshi NAGAI)Profile
 ・ICC認定 コーポレート&エグゼクティブコーチ
・日本アクションラーニング協会認定 ALコーチ
・日本産業カウンセラー協会認定 カウンセラー
・状況対応リーダシップ ®SL指導員
・日本コーチ協会JCAK 運営委員
・日本倫理学会
・日本経営倫理学会
・アカデミック・コーチング学会
 組織内コーチの経験を生かし、コンサルティングとカウンセリングを織り込み、クライアントの状況を踏まえての個人、及びチームを対象としたコーチングを行っている。

杉井要一郎 / 2016年5月特別寄稿 © All rights Reserved by Gledis Inc.

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